建築の跳躍力 第1回講演:桝屋本店・sarugaku/平田晃久:空間の灰色性について |
自然を潜在化させた建築 執筆者:米津正臣(竹中工務店) |
今年度のアーキフォーラムは2000年以降の建築作品をデータベースとして、その建築が成立した社会背景とこれからの建築の可能性を同時に議論できないかと考え、いくつかの建築作品をゲストに迎える事となっていた。「桝屋本店」と「sarugaku」を第一回目のゲストに迎えるに当たっては、自然をモデルとしながら、一般的な柱割りや、床・壁・屋根の組み合わせとは異なるスペースを提案する平田晃久氏と、空間を生成する新たな枠組について議論したいと考えていた。 平田晃久氏は、1971年大阪万博の翌年に生まれ、2年後にオイルショックを迎える。大学にはバブル期の1990年に入学し、1995年の阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件を経験する。建築ではポストモダンの時代の直中、形態表現的なデコンの建築が雑誌を賑わす傍ら、MOMAではライトコンストラクション展が開催される。 時代の明暗や、建築の評価が激しく入れ替わる中、それらを相対化した「本質的な建築」を探求したいという欲求はよく理解出来るところである。その後、大学院を経て、1997年より伊東豊雄建築設計事務所において、仙台メディアテークの現場監理を担当し、「仙台以降の伊東さん」と並走し、その間、桜上水K邸や、ゲントの音楽ホールなど26作品を担当し、2005年独立されている。 講演タイトル「空間の灰色性について」は、白/黒のような空間認識ではなく、両者が「アイスコーヒーにクリームを混ぜた時のような不均質で混じり合った状態」として捉える事で、空間(空間認識)に拡がりが生まれる。はっきりとした認識ではなく、ぼんやりとした動物的認識を大切にしたいという話だった。「桝屋本店」においては、建築の構成上は非常に簡単なルールであるにも関わらず、そこに人間の動きを重ね合わせる事で、有機的な視線の関係を実現し、「sarugaku」では、周辺環境とも相互に溶合い地形化されたような、構成的(あるいは、スケール的)な親和状態が見いだされていた。これら2つの建築は、一般的には建築作品には成りにくいと考えられていた商業建築に、物を売る/物を買うという本質的な行為に潜む敏感な感覚を紡ぎ出し、建築の構成として抽出する試みであった。 上記二作品以外にも、いくつかの興味深いプロジェクトを紹介して頂いたが、特徴的だったのは、どのプロジェクトにも通底して、ある空間認識が繰り返し提出されている事だった。 それは、俯瞰して空間を眺めるアイソメのような視点でもなく、平田氏自ら、後ろに目がついた人物で表現していたように、アイレベルを歩きながら全体を認識する様な、空間に時間を重ね合わせた様な「想像力」である。それぞれのプロジェクトにおいて、個別の説得力のある説明がある一方、 直感的・あるいは嗜好とでもしか言い様の無い「あちら側」への期待・想像が建築を地形化し、襞化していた。 スライドを観ながらも気になったのは、襞化した建築は、襞化の目的とは別に、必然的に強い表現をもってしまう事である。建築によってもたらされる成果(現象)より、その個性的な構成そのものに目を奪われてしまう。建築は消えるどころか、より強く現れて独自の主張をしているような印象を受けた。 今回のレクチャーに先立ちいくつかの建築を実際に訪問したが、その時感じた、建築と身体の間の微妙な違和感は、アイレベルで動き回る人々をもう一度上から冷静に俯瞰している「鵜飼」のような視点だったのか。動物という言葉によってイメージする、新たな身体性の獲得というよりは、別次元の知的なフィールド上でのゲーム(形式)のようであり、現実の空間の上に、表現としての空間が折り重なっているように感じた。そんな中、レクチャーの後半で見せて頂いた、壁が入道雲のように成長し屋根となったメキシコの現代美術館のプロジェクトは、強い構成が建築の中でひっそりと潜在化していた。襞化しているからといって、それは 雲のように自然だし、建築が強く現れるわけではなく、ごく自然に、しかし圧倒的にその空間を魅力的なものにしていた。ばかばかしいほど無駄な屋根の下、そこには一人の人間の身体が、実に心地よくおさまっている印象を受け、可能性を感じた。 講演の中で「SKY(空)」「SEED(種)」「PLEATS(襞)」といった3つのテーマについて語られていたが、これらは三位一体と なって、新たな空間生成の可能性を追求して行くように思われた。それは、生物や自然が環境の中で、外形も内形もディテールも分け隔てなく等価に空間化されているようなあり方であり、近代建築と様々な社会制度の中で、僕らの世代が知らず知らずに身に染み込ませてしまった空間概念を仮想敵としつつ、その呪縛を軽々と飛び越えて行けそうな期待を感じさせてくれるものだった。 |
執筆者プロフィール: 米津正臣(よねづ・まさおみ)1974年愛知県生まれ/1997年東京工業大学建築学科卒業/1999年同大学大学院修士課程修了/1999年〜竹中工務店大阪本店設計部勤務 |
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□第1回講演: 桝屋本店・sarugaku/平田晃久:空間の灰色性について □日時: 2008年10月25日(土) □平田晃久プロフィール: 1971年大阪府生まれ/1994年京都大学工学部建築学科卒業/1997年京都大学大学院工学研究科修了/1997年〜2005年伊東豊雄建築設計事務所/2003年安中環境アートフォーラム国際コンペ三等/2004年SDレビュー2004朝倉賞(House H)/2006年SDレビュー2006入賞(House S)/2008年第19回2007年JIA新人賞受賞/2005年〜平田晃久建築設計事務所 主宰/2005年〜京都造形芸術大学/2006年〜日本大学、東京理科大学非常勤講師 □桝屋本店 所在地:新潟県上越市三和区末野町新田341/主用途:物販店舗/敷地面積:1191.35平米/建築面積:384.93平米/延床面積:478.99平米/構造・規模:鉄筋コンクリート造・地上2階 □sarugaku 所在地:東京都渋谷区猿楽町26-2/主用途:テナントビル/敷地面積:537.83平米/建築面積:307.94平米/延床面積:849.05平米/構造・規模:壁式鉄筋コンクリート造・地下1階 地上2階 |