建築の跳躍力 第3回講演:JIN's GLOBAL STANDARD・ヘチマ/中村竜治:形
 
霧の向こうにある本質  執筆者:柳原照弘(ISOLATIN UNIT)
大阪のアーキフォーラムの会場で、建築家中村竜治は雲の中にいるようだった。
立ち見がでるほどのオーディエンスの目の前にいるはずなのだが、その輪郭は白い霧に包まれたように最後まではっきりと捉えることができない。
淡々と発せられる、丁寧に選ばれた言葉もまた、耳に届く前に消えてしまうように感じたにも関わらず、二時間のレクチャーが終わって二ヶ月を経た今も彼の存在感と言葉が強烈に脳裏に焼き付いている。この感覚を彼の作品に対しても同様に感じてしまうのである。

「形に興味がある」と言い切り、建築の跳躍力-2000年以降の社会と建築を語る-というアーキフォーラムのテーマにも関わらず、社会や建築をとりまく状況に対しての話に主軸を置かない徹底した「形」に対する話で会場を内包していく。 最近発売された、「1995年以後」の本のインタビューにも、通常外部と内部を遮断する機能だけの存在であるブラインドを「どうしたら飽きないでずっと見ていられるかを考えている」と答えている。ブラインドは外部と内部を遮断するためのもので、いわば遮断された状況をつくるものだが、その状況から現れた風景に形を見いだし徹底的に観察しているのだ。別誌「新世代建築家デザイナー100」のインタビューでもまた、東京芸術大学大学院修士課程修了後に勤務した青木淳の手法ではなく、青木氏の作る形そのものに興味があったと語る。

レクチャーは、2004年中村竜治建築設計事務所設立後に生み出された家具からコンペ案までの代表作品を紹介していく極めてオーソドックスなストーリーでありながら、いつもと違う「心地いい違和感」が残るものであった。

まず最初に紹介されたのは2007年の東京デザインウィークの会期中にプロダクトブランドDEROLLが行った展示、DEROLL Commissions Series1で発表された、「insect cage」という蝶を入れる為の箱。
ラピットプロトタイピングで制作された0.3mmの細い線が7mm間隔のグリッドで並び、蝶と見る側を物理的に遮るが、通常の透明アクリルの箱にある絶対的な壁が存在しないため、見えにくいけどより近いものとして、蝶との距離を近づけるために極限まで細い線の配置によって蝶の見え方、蝶との距離を徹底的にコントロールしている。

その次に語られたのは18枚の紙の波を組み合わせることで作られた椅子、「hechima」
紙から切り出して曲げると完成するシンプルな構造に対して、横から空ける穴のくりぬき方によっていろんな形ができることを発見し、様々な形を検証しながら2005年から2008年までに4つの形を発表する。その形の発見から、科学未来館で提案した改装案等のインテリア「aurora 2」に続き、海外のコンペに提出した展望台まで当たり前のように一つの軸で展開される。

本来別のプロジェクトでありながらも継ぎ目の見えない展開は多少の違和感が残る、にも関わらず気持ちいいのはなぜか。ここでようやく腑に落ちた。
一つ一つのプロジェクトは別の語られるべきストーリや手法があるはずだが、彼が興味あるのは状況から生み出された「形」なのだ。機能や用途や周辺環境はあくまでも一つの状況でしかない。であるならばそこから生み出す「形」こそが、建築家が責任を持てる唯一の存在であって、「hechima」の形が椅子から、くま、展望台に発展し、並列で語られるのは至極真っ当な事なのだ。その後も眼鏡店やアクセサリー店、商業空間や熊本駅前広場コンペ案、集合住宅等、規模も機能も違う作品を紹介するがほとんど同じボキャブラリーで語られ繋がっていく。商業主義が求める感覚的な要求を、形によって丁寧に応える建築家中村竜治の手法は、そのへんにいる建築家よりもよっぽど社会に対して開かれている。

「コントロールされたものに興味がある」と言いながらも「経験を積むと獲得してしまいそう」という発言もあった。生み出された形が決定的でありながらも儚い印象を与えるのはその為だろうか。
今後も生み出される中村竜治の「形」を期待せずにはいられない。

参考資料
「1995年以後 次世代建築家の語る現代の都市と建築」藤村龍至/TEAM ROUNDABOUT 編著 /エクスナレッジ 「新世代建築家デザイナー100 融合する建築、アート、デザイン」/エクスナレッジ

 
執筆者プロフィール 柳原照弘(やなぎはら・てるひろ)1976年 香川県高松市生まれ/1999年 大阪芸術大学 デザイン学科 空間デザインコース卒業/2002年 ISOLATION UNIT/ 設立
 

 
□第3回講演:
JIN's GLOBAL STANDARD・ヘチマ/中村竜治:形

□日時: 2009年1月24日(土)

□中村竜治プロフィール: 1972年生まれ。青木淳建築計画事務所を経て2004年中村竜治建築設計事務所設立。
グッドデザイン賞、JCDデザインアワード大賞、THE GREAT INDOORS AWARD(オランダ)、熊本アートポリス熊本駅西口駅前広場設計競技優秀賞など。

□JIN’S GLOBAL STANDARD 流山店
所在地:千葉県流山市西初石6-185-2流山おおたかの森SC2階/主用途:物販店舗/延床面積:104.00平米/天井高:3350mm/□青山店:所在地:東京都港区青山2-10-24JP-2 1階/主用途:物販店舗/延床面積:49.96平米/天井高:2483mm/□四条河原町阪急店:所在地:京都府京都市下京区四条通河原町東入真町68四条河原町阪急5階/主用途:物販店舗/延床面積:84.11平米/天井高:2580mm/□神戸北店:所在地:兵庫県神戸市北区上津台8-1イオン神戸北SC2階/主用途:物販店舗/延床面積:170.19平米/天井高:4000mm
□ヘチマ
主用途:椅子/大きさ:φ=900mm,h=750mm/材料: パルカナイズドファイバー(紙)/展示期間・場所:東京デザイナーズウィーク ゼロ展,ミラノサローネ(予定)