建築の跳躍力 第5回講演:panda・SAYAMA FLAT/長坂常:普段
 
「普段」を包み込むデザイン  執筆者:森田一弥(一級建築士事務所 森田一弥建築設計事務所)
長坂氏は建築的に明快な主題を見いだしにくく、また商業的にも成立しにくい困難な状況に対しても正面から取り組み、非常に興味深い作品を生み出している建築家である。長坂氏によって音楽のアルバムで言うところのA面/B面のうち「B面の仕事」と呼ばれているそれらの作品が、今回のレクチャーで紹介された一連のプロジェクトである。

長坂氏はまずレクチャーの冒頭において、「普段」というタイトルに並列して「不断」という言葉を提示された。「普段」は、本来「不断」と書かれ、「いつまでも続くこと」という意味から、「いつもの状態であること」「日頃」の意味が派生し、現代では当て字で「普段」と書かれることが多くなった言葉だという。

「不断」という言葉は「シームレス」だったり「ユニバーサル」などイメージが共有しやすい便利な言葉であるが、長坂氏はその「わかりやすさ」を警戒し、個々に立つ位置によってかわり、一定ではない「普段」と向き合うことへの関心を語る。長坂氏の語る、建築における「普段」とは何なのか、私にはよく分からなかった。いや、「わかった」と言えてしまうことを永遠に回避し続けるような、不定形な場そのものなのだろう。レクチャーはそうした「普段」をいかに現場で耳を澄ませ、すくい上げたのか、それぞれの作品についての解説がなされた。

2005年の作品「panda」では、既存のマンションのリノベーションに際して感じた「開口部の小ささ」という違和感を「窓のトリミング」という手法によって古いものと新しいものの差異を浮かび上がらせている。ただ、「自分の手がけた部分と他の部分の境界をつくっていた」という点で「過渡期の作品」だと位置づけられている。

2008年の「円山町の部屋」では、以前の「如何にデザインできないスケルトンや周辺から縁を切って」インフィルをデザインするか、という意識から「どうそれらを受け入れるか?」に興味が移行したという。 猥雑な町並みを受け入れる能動的な街との関わりのデザインとして、既にある複数の空間要素からスイッチプレート、天井、窓、など周辺の風景をつなぐ要素を抽出し、インフィルに受け入れている。

同じく2008年の作品「sayama flat」では、1フラットにつき100万円のみという究極に限られた予算の中、図面も描かず大工の友人との即興の解体工事によって空間の要素を省いていくことで、その「選択」のしかたによって既存の要素だけで構成されていながらまったく新しい空間が生まれることを発見する。「引く」ことは、「足す」ことと同等なリノベーション行為となりえること、現在の状況を受け入れる先に生まれたデザインでありまったく新しい「造り方」の提案である。

最新のプロジェクトである「奥沢の家」では、長坂氏が「スネ夫の家」と呼ぶ、あまり趣味が良いとは言えない新興の富裕層住宅を全否定するでもなく、「30年以上前のデザインは、意図を知ることができない」というある種の開き直りとともに、「受け入れづらいものをあえて残し」、「落書きの起点」のように自らの作品に受け入れていくことを楽しんでさえいる。

個人的に印象に残ったのは、既存の建物の「痕跡」をいったんは消去しながらも、あえて再トレースするという独特の操作、顔料で着色したエポキシ樹脂の厚みによって古い床の凹凸を可視化させたり、いったん真っ白に塗装された外壁タイルの凹凸を再度浮かび上がらせるフロッタージュの技法である。これらは長坂氏が「韻を踏めない」と表現する既存の要素との関係を「普段?不断」のまま新たな空間に「引き受ける」ことを可能にしており、建築家が考えたことは最終的に素材によって表現されなければならない以上、長坂氏の「普段」へのまなざしが象徴的に現れている気がしたのである。

レクチャーで紹介された一連の作品は彼にとって「B面の仕事」についての解説であったにもかかわらず、リノベーションに限らず何かを計画する際には我々が常に直面せざるを得ない他者の「痕跡」をどのように取り込み、折り合いをつけていくか、という最も普遍的な問いに対して、非常に示唆に富んだレクチャーであった。

近日発売予定の『B面がA面にかわるとき/長坂 常』(著者:長坂常 編集:株式会社大和プレス)ではスキーマの(まもなくA面になる)B面仕事として、未発表新作「奥沢の家」の話がメインとなるようだ。レクチャーだけではうかがい知れなかった作品の誕生秘話を知る機会としても、とても楽しみである。

 
執筆者プロフィール 森田一弥(もりた・かずや)建築家 /1971愛知県生まれ/1994京都大学工学部建築学科卒業/1997同修士課程修了/1997〜01京都「しっくい浅原」にて左官職に従事、妙心寺、京都御所、金閣寺など文化財建築物の修復工事にたずさわる/2000森田一弥建築工房 設立/2007〜08ポーラ美術振興財団の若手芸術家在外研修員としてスペインに滞在/2008一級建築士事務所 森田一弥建築設計事務所 に改称
 

 

□第5回講演:
panda・SAYAMA FLAT/長坂常:普段

□日時: 2009年3月28日(土)

□長坂常プロフィール:1971年大阪生まれ千葉育ち/1998年東京藝術大学卒業後スタジオスキーマ(旧名)設立/2007年事務所を中目黒に移しシェアギャラリー兼オフィスであるhappaを設立し活動する。SAYAMA FLATでbauhaus award20082位受賞

□panda
所在地:東京都三鷹市/主用途:分譲マンション(リフォーム)/延床面積:75.30平米/天井高2,020〜2,320/構造:鉄筋コンクリート造
□SAYAMA FLAT
所在地:埼玉県狭山市/主用途:共同住宅 店舗(リフォーム)/敷地面積:557.57平米/建築面積:385.91平米/延床面積:2,227.24平米/構造・規模:鉄筋コンクリート造・地下1階 地上7階 塔屋1階