建築の跳躍力 第6回講演:東京事務所・DESIGN TIDE 2008/谷尻誠:境界線を越えて |
「はじめて考えるときのように」考えるということ 執筆者:今津康夫(ninkipen!) |
立ち見がでるほどの会場の中、「境界線を越えて」と題されたレクチャーでの谷尻誠は、常に自然体だった。 国内外で多くのプロジェクトを手がける建築家の設計手法に注目が集まったが、発せられた言葉と表現は、どれもが日常的でわかりやすくストレートで、時間とともに会場全体のボルテージがあがっていくライブのような印象を受けた。 谷尻さんの建築を理解するには、作品に触れる前に、氏が語った冒頭部分に触れなければならない。 「こんなに建築が好きだとは思いもよらなかった」「下請けでいいと思っていた」「焼き鳥屋でアルバイトをしていた」と発言して驚かせた後に、一冊の本を紹介する。 『はじめて考えるときのようにー「わかる」ための哲学的道案内』(野矢茂樹著 PHP研究所 2004年) 境界線を越えるためには、当然、その境界線とは何かを考えなくてはならない。そのときの考える姿勢こそがこの本のタイトルである。はじめて考えることを「未来に向かって希望に満ちあふれている」、「新しいものが生まれる」状態と捉え、「いつ何時も建築のことを考えること」で、日常的な活動の中から、従来の建築にはない新しい視点をみつけようとしている。 さらにその視点(とそれがもたらす結果)とは、木の棒で公園の地面に書かれた円を例に挙げ、たった一本の線が生み出す子供の遊びのルールのように、誰もが理解できるものであることを目指している。 作品のほとんどは、プロジェクトごとに、その考え方を象徴するモノクロ写真を先に提示する方法で語られた。
前半の3つは、「過去の展覧会(会場構成)はつまらない」というところから始まっている。では、つまらなくない、面白いとは何か? 自身の作品の展覧会では、訪れた人が関われること、変わり続けられること、予期しないことが起きることを挙げる。『東京事務所』では、ギャラリーらしからぬ場所の特性を背景に、あたかも東京のサテライトオフィス(谷尻さんの事務所は広島にある)のように設え、模型やPC、見積書までを自由に手に取れることで、『三菱地所アルティアム』では、立つ場所によって見える色が変わる森に見立てられた家具と、木の葉に見立てられ敷き詰められた段ボールが次第にけもの道となることで、目的を達成している。白模型が並べられたスタティックな空間ではなく、来訪者による時間がつくりだすダイナミックな空間は、現代アートの自由さや楽しさに近く、建築という枠組みを越えた展覧会となっている。 『DESIGN TIDE 2008』では、従来は、各々のブースが区切られることにより、広い会場全体を感じることが出来ないつまらなさを指摘し、神社の鳥居を例にしながら、有るようで無い、無いようで有る境界線をつくりだす面白さを提案する(その境界線を誰もが見たことのあるキッチンの水切りネットで実現してしまうプロセスは圧巻だった)。 3つに共通するのは、物事が常識化し定着する過程で出来てしまう精神的・物理的な境界線を疑う姿勢である。 つまり、「はじめて考えるときのように」考え、「今までにないものに辿り着く近道」を見つけ出そうとするこの姿勢こそが面白いのである。 この姿勢は、建築作品でも随所に見られる。 『山手の家』では、登り窯のように、斜面の敷地に対して2階建てがシンプルに繰り返すルールを用い、造成コストを押さえるとともに、熱環境をクリアし、眺望を獲得している。『西条の家』では、支持層が1M下にある敷地に対して、地面を掘ることで建物から支持層を迎えにいき、さらにその残土を捨てることなく、建物周囲にマウントをつくりプライバシーを獲得している。『T CLINIC』では、一般的な構造形式であるラーメン構造を採りながらも、階数による柱と壁の厚さの違いを利用し、各階の用途に合わせた明るさとプライバシーを操作しながら、棒グラフのようなユニークな外観を生み出している。『平和大橋歩道橋デザイン提案競技』では、イサムノグチによる既存の橋が造形的に美しい、視覚的に記憶に残る橋なのに対して、それを引き立てる為に、自らの橋は、存在感はないけれど体感的な記憶に残ることを目指し、従来揺れないために設計する橋の社会通念から離れて、揺れることを提案する。 進行中のプロジェクトには、共通した興味を挙げることができる。中と外との境界線、2つの新しい関係性である。『豊前の家』では、都市の街路のようなつながりを持つ、外部に見立てた内部を持ち込むことで、『名古屋の家』では、窓を開ければ外部となる庭を持ち込むことで、「中のような外のような」「中であるのに外である」状態を実現し、中と外の親密な関係を獲得しようとしている。『深川の家』と『富岡の家』では、さらに、外(自然)であるとは何かという原理にまで立ち返り、概念レベルでの中と外を模索している。 ここまで書いて、作品の多様さに驚くが、設計のスタンスは変わらない。「はじめて考えるときのように」である。そしてこれこそが、谷尻さんの大きな特徴の一つではないだろうか。「建物を設計している気がしない」「考え方を設計している」そのままに、オリジナルな発明を繰り返す。いや、発明というよりは、鋭いまなざしによってもたらされる発見に近い。そしてこの発見が転用可能な強度を備えることが、社会と建築を語る上でとても大切なのだと思う。 個人住宅一つでも社会を語ることができるし、群となることで流通し、さらに語り続けることができると思う。しかし、都合良くもてはやされる、多様化という言葉に包含されてしまいかねない危険性も併せ持つのも事実だ。 2009年には3つの展覧会を実現し、コンペにも参加し始めたという。実現のプロセス、クライアント、コストなど、多くの条件や制約により生み出される谷尻さんの新しい考え方を、不特定多数の人が行き交い、反応できる、もう少し大きな建築で見たいと思わずにはいられない。 レクチャーを通して、本当にたくさんの「少し先の未来」を見せてくれた。 レクチャーのタイトルである「境界線を越えて」とは、過去と未来の境界線なのだ。 |
執筆者プロフィール: 今津康夫(いまず・やすお)建築家。1976年生まれ/1999年 大阪大学工学部建築学科卒業/2001年 同大学大学院修了/2001-2005年 遠藤剛生建築設計事務所/2005年 ninkipen!一級建築士事務所設立/2007年 摂南大学非常勤講師 |
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□第6回講演: |