建築の跳躍力 第7回講演:egota house A・QUICO神宮前/坂本一成:日常の詩学 |
形式と自由 執筆者: 松岡 聡 (松岡聡田村祐希) |
作品解説 坂本一成さんのレクチャは、「建築家による、ある期間に設計された作品の解説」という今期のアーキフォーラムの形式を一見、踏襲しながら、2つの点で密かに逸脱した。 まず、2001年以降の作品であるegota house AとQUICO神宮前を解説するために、1960年代後半から現在にいたる作品を対象にしたこと。坂本さんにとっての建築のおもしろさとは眼前にあるものだけでなく、それがどのような方向を目指しているかが見えてくることにあると言う。2001年以降の作品は、1960年代後半から始まる坂本さんの作品群や思考の軌跡の中でしか語られることはないのである。 2つ目は、建築家自らが作品のおもしろさを解説してくれる、いわゆる「自作について」というタイプのレクチャとは大きく異なっていることだった(私たちはこの種のレクチャに慣れきってしまっているのだが)。坂本さんによる作品解説は個別の作品から、自らの制作論や建築論を披露するようなものではなく、作家論の体をもって語られたのであった。建築史家がある作家を作品とともに分析し、批評を加えていくような語り口である。設計が時とともに変遷していくことを前提とする建築家は多くない。この叙述的な乾いた語り口が、実は坂本さんの制作論や建築観への近道となることが後で示されることになった。 形式、コンセプト、イメージ、構成 この他者の視点による自己解説は、形式(坂本さんによれば、形式とはコンセプト、イメージ、構成などにさまざまに言い換えられる)と、設計する上で直面するさまざまな条件との対立の構図のなかで進められる。「閉じた箱」、「家型」、「自由な架構」、「アイランド・プラン」、「コンパクト・スモール・ユニット」といった興味深いコンセプトが作品群を読み解くカギとなり、そのままレクチャの骨組みとなる。坂本さんの最初の作品である散田の家(1969年)は、8,100mm四方の正方形の平面が敷地と切り離され、外部と内部がラショナルな関係で対立する。この対立は外に開くことが十分にゆるされる良好な周辺環境と、そこであえて「閉じる」というコンセプトとの対立でもある。 水無瀬の町屋(1970年)、代田の町屋(1976年)、坂田山附の家(1978年)、祖師谷の家(1981年)、House F(1988年)、コモンシティ星田(1991-1992年)、House SA(1999年)、Hut T(2001年)、そしてegota house A(2004年)とQUICO神宮前(2006年)、ドイツ工作連盟ジードルング集合住宅コンペ1等案(2006年)が次々と形式と条件の対立の中で解説された。 建築の自由 しかし、この構図は本当の意味での対立ではないことが次第に分かってくる。なぜなら、形式はどこまでも相対化され、離れることが望まれていると宣言されるからである。形式を強くともなった建築は、非日常、非現実性を帯び、形式主義的な空間をつくってしまう。特に住宅の場合、日常を超えながら、非日常にならないようなもう一つの日常をめざしてきたと坂本さんは強調する。対立の中で自由という言葉は非常に重要であった。形式からの離れ方がレクチャの大きなテーマであるとすれば、建築における自由とは何かということが常に問題となっていた。コンセプトと現実的な条件との葛藤の中で建築のおもしろさが生まれ、そこに建築の自由が生まれる。1970年代後半の「閉じた箱」から「家型」へのコンセプトの変化はより自由に建築を生むための出来事でもあった。前者では、空間は入れ子や包含関係であることが多かったが、「家型」になると空間は並置され、室どうしの関係が問題となる。「家型」が建築をまとめ上げるという、より自由度の高いコンセプトが獲得されたのである。坂田山附の家では、完全な切妻の家型を実現するのだが、そこでは対立構造を超えて、正面に置かれる掃出し窓とファサードの見え方へと論点がシフトしていく。自由とは建築なりの手法や作法によって建築そのものの力を発揮せさるという建築の自律性を語る言葉であるともいえるし、コンセプトや条件の束縛からの解放を意味しているともとれる。坂本さんがあえて形式を取りだしたのは、対立から生み出される自由な特殊解を呼びだすしくみであった。それぞれの計画で新しい発想が露わになるたび、坂本さんの身体感覚や思考の動きが窺い知れる。高さとクライマックス、色彩、室名のこと、ファサード操作、コモンスペースやスロープ造成、など、空間とことばの意外な逢着があった。 形式の条件 「閉じた箱」のコンセプトは、散田の家の作品解説(1969年3月号新建築)の中ですでに見られる。これまで坂本さんは複数の計画にまたがる形式を提示しながら、設計を続けてこられた。立体の箱のイメージから、家型という平面的なファサード、コンパクト・スモール・ユニットというプランニングまで、つまり、イメージから設計手法のレベルまで、幅広い概念を横断してきた。アイランド・プランとスモール・ユニットは、内的にも外的にも関係性を取り持つシステムである。空間のイメージや形ではなく、さまざまに解釈可能なプロトタイプが示されている。形式は次元を下げ、抽象度を増し、プランニングにまで遡及してきたように思える。この会場からの問いに、自らがあたる設計のスタンスや規模の変化、スタッフとの意思伝達の方法の変化をその要因に挙げられた。内的な要因はもちろんだが、坂本さんがこれまで果たしてきた建築界でのプレゼンスも考えてみたい。坂本さんの「形式」を支える条件とはどのようなものであったか。それは60年代からこれまでの建築と、それを取り巻く状況を映す鏡のように思えてならない。 |
執筆者プロフィール: 松岡 聡 (松岡聡田村祐希) 建築家、松岡聡田村裕希代表、京都造形芸術大学専任講師/ 1973年 愛知県生まれ/2000年 東京大学大学院修了/2005年 松岡聡田村裕希設立 |
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□第7回講演: egota house A・QUICO神宮前/坂本一成:日常の詩学 □日時: 2009年5月23日(土) □坂本一成プロフィール:1943年 東京に生まれる /1966年 東京工業大学建築学科卒業 /1971年 東京工業大学大学院博士課程を経て武蔵野美術大学建築学科専任講師 /1977年 同助教授 /1983年 東京工業大学助教授 /1991年 同教授 /2009年 東京工業大学名誉教授 □egota house A 所在地:東京都中野区/主用途:集合住宅/敷地面積:224.51平米/建築面積:89.59平米/延床面積:310.82平米/構造・規模:鉄筋コンクリート造・地下1階 地上3階 □QUICO神宮前 所在地:東京都渋谷区神宮前/主用途:店舗+住宅/敷地面積:163.29平米/建築面積:94.78平米/延床面積:390.14平米/構造・規模:鉄骨造・地下2階 地上3階 塔屋1階 |