建築の跳躍力 第10回講演:
ハウス&アトリエ・ワン、ノラ・ハウス/塚本由晴: 建築のビヘイビオロロジー
 
振る舞いから環境を構想する  執筆者: 山崎 亮 (studio-L)

塚本さんはたくさんの言葉を生み出す建築家だ。いまそこにある事象を説明するために適切な言葉を生み出し続けている。そのことについては以前から指摘してきたつもりだ(※1)。そんな塚本さんがまた新しい言葉を生み出した。「ビヘイビオロロジー」である。

建築のビヘイビオロロジー
「ビヘイビオロロジー」とは聞きなれない言葉だ。あえて訳すとすれば「振る舞い学」。さまざまな振る舞いを良好な状態にするための学問だといえよう。塚本さんによれば、建築のビヘイビオロロジーには以下の3つの要素があるという。1つ目は「人の振る舞い」。その空間で人はどう振る舞うのか、という視点である。2つ目は「自然の振る舞い」。その空間で風、熱、水蒸気がどう振る舞うのか、という視点である。3つ目は「建物の振る舞い」。1年単位では何も振る舞っていないように見えるが、50年や100年単位で観察するとまちにおける建物の振る舞いも見えてくるようになる、という視点である。生まれるときがあって消えるときがあるという意味では、建築もまた緩慢な生物であり、そこに振る舞いが生じるものである、ということだろう。こうした3種類の振る舞いを良好な状態へと導くのが建築のビヘイビオロロジーなのだという。

振る舞い学の「かたち→かた→か」
振る舞いは、繰り返し行われる動作の「型」である。「型」には共通のパターンがあり、それはある種の社会性を帯びていることが多い。振る舞いから建築を見るということは、建築の固有性ではなく共通性に注目するということである。「建築は風景をつくるものだから個に還元されないものについて考えたい」と塚本さんは言う。そのためには、「型」を見つけ出すまで対象物をじっくりと観察しなければならない。それも、空間の形態だけでなく、人や自然や建物の振る舞いが見えてくるまで、ハードもソフトも分け隔てなく観察しなければならない。かつて建築家の菊竹氏は、空間も機能も分け隔てなく観察し、その「かたち」から「かた」を発見し、そこから「かくあるべき」という本質「か」を構想せよ、と主張した(※2)。振る舞い学という考え方は、この観察対象をさらに広げ、空間と機能のほかに、自然現象から街並みの変化まで観察し、そこから独自の「かた」をあぶり出し、設計原理としての「か」を生み出すものだといえよう。

第4世代の住宅
では、振る舞い学の視点からみて良好な住宅とはどのようなものなのか。塚本さんは第4世代の住宅を考えるべきだという。かつての郊外住宅地は1敷地100坪ほどの広さだった。このとき建てられた第1世代の住宅には広い庭があったが、その後の相続によって広い庭にもう1つの住宅が建つことになり、狭い庭しか持てなくなってしまった(第2世代の住宅)。さらにその後の相続によって敷地が細分化され、1階に駐車場と玄関を備えた庭の無い3階建てのミニ開発住宅が増えることになる(第3世代の住宅)。第4世代の住宅とは、こうした住宅の課題を乗り越える住宅のことを指す。第4世代の住宅の特徴は、@家族以外の人が家の中にいてもおかしくない場所があること、A屋外で過ごすことができる空間があること、B建物と建物の間の空間をうまく利用すること、の3点。こうした特徴によって、人も自然も建物も良好な振る舞いを見せるようになるという。

ハウス&アトリエワン
塚本さんの自宅と、主宰する設計事務所とを一体的に建てたのがハウス&アトリエワンである。上階に自宅、下階に事務所、その間にリビングルームを配する。リビングルームは自宅の居間にもなるし、事務所の会議スペースにもなるというわけだ。まさに、自宅に家族以外がいてもおかしくない状態である。また、各階は階段スペースを介して緩やかにつながっているため、どこにいても上下階への視線が抜ける。家族も事務所のスタッフも、お互いの視線を感じつつ振る舞うことになる。一般的な住宅や事務所では生じない多様な振る舞いが発生しているというのも頷ける。さらに、屋上やベランダなどの屋外空間も充実しているため、室内だけにとどまらない多様な振る舞いが発生しているという。一方、連続した空間の温熱環境を良好なものにするため、室内には輻射熱空気調整システムが設置されている。その結果、人が生み出す多様な振る舞いを感じるだけでなく、連続した空間を流れる空気や熱の振る舞いにも敏感に暮らすことができるようになっている。

ノラ・ハウス
最近開発された郊外住宅地には、まだ多くの空き地が残っている。こうした空き地を利用して家庭菜園をつくっている人がいる。人口減少、世帯数減少時代という今後の時代を考えれば、家庭菜園の場所にいずれ住宅が建つと考えるのは難しい。むしろ、菜園のなかに住宅が点在するという郊外住宅地のあり方を肯定してみてはどうか。こうした考え方から、住宅敷地のなかに家庭菜園を設け、菜園と住宅の間に広い縁側を配したのが「ノラ・ハウス」である。第4世代の住宅の特徴である「屋外で過ごすことができる空間」が、菜園と縁側によって十分に確保されている。また、部分的に高い屋根をつくったことにより、熱を持った空気が高い屋根を通して屋外へと排気されている。良好な空気の振る舞いが見られる住宅だといえよう。

人間以外の存在の振る舞い
第4世代の住宅の特徴である「家族以外がいてもおかしくない状態」を拡大解釈すれば、人間以外の存在によって人間の振る舞いを規定することもまた、振る舞い学の重要な側面だといえよう。人間よりも長生きする存在である書物の振る舞いから考えた「生島文庫」や、施主が大切にするポニーの振る舞いから住宅のあり方を考えた「ポニー・ガーデン」などは、人間以外の存在が人間の振る舞いに影響を与える第4世代の住宅だといえる。

第4世代の住宅、振る舞い学、ランドスケープデザイン
ランドスケープデザインに携わる者として、ここでは塚本さんの言葉をランドスケープの視点から読み解いてみたい。第4世代の住宅の特徴である「家族(あるいは人間)以外の存在」「屋外空間」「建物と建物の間」は、いずれもランドスケープデザインが大切にしてきた視点でもある。人間以外の存在としての植物や水や土の振る舞いからデザインを考えたり、屋外における人間の振る舞いからデザインを考えたりすることは、まさにランドスケープデザインの思考方法である。また、ヤン・ゲールの主著『Life between buildings』の例を挙げるまでもなく、建物と建物の間をどう取り扱うかもランドスケープデザインの主要課題である。振る舞い学で塚本さんが提示した「人」や「自然」や「建物」の振る舞いを考えるという視点もまた、生態系や街並みを意識したランドスケープデザインが本来的に考えるべき視点であるといえよう。実際、1970年代にガレット・エクボの仕事を日本に紹介したランドスケープデザイナーの久保貞氏は、ヒューマンビヘイビア(人がどう振舞うか)とスペースビヘイビア(空間や環境がどう振舞うか)の関係を考えながらデザインすることの重要性を主張している(※3)。つまり、振る舞い学という考え方は、建築やランドスケープデザインという枠組みを超えたデザインの原則を示しているものだといえよう。

「どうつくるか」から「何を生み出すか」へ
発表後のディスカッションで興味深かったのは、塚本さんの語り口に変化が生じた理由について。かつては建築を「どうつくったのか」という方法から説明することが多かったが、最近は建築を通して「何を生み出したかったのか」について説明することが多い。なぜ説明の方法が変わったのか、という問いである。これに対して塚本さんは「2000年ごろから説明の方法が変わってきた」という。美術の展覧会に呼ばれることが増え、何をどうつくってもいい状態のなかで「建築」という方法を選び取る。さらにその建築をつくるための方法を説明することがとても狭い行為だと感じるようになったという。方法論よりもむしろ、結果的にどういう振る舞いを生み出したかったのかが重要だということなのだろう。むしろ、それが共有できていれば、アプローチは建築デザインであろうとランドスケープデザインであろうと、あるいはコミュニティデザインであろうと差はない。目標が共有されていれば、そこへいたる方法としてのデザインは最適なものを選べばいいというわけだ。ビヘイビオロロジーという視点は、方法のレパートリーを開いたまま、目指すべき振る舞いを共有する視点だといえる。その意味で、塚本さんは生み出したいと思う振る舞いに対して、建築以外の方法でアプローチしてみたくなることが少なくない建築家なのではないか、という気がする。そう考えると、塚本さんがこれまでやってきたことの幅の広さも府に落ちる。「すべては好ましい振る舞いのために」というわけだ。

当日、アーキフォーラムの会場は「立ち見客」が出るほど満員だった。会場に入った塚本さんは、用意された椅子に座らず、立ったまましゃべり続けた。自分の話を聞きに来た人の一部が立っているとき、自分は椅子に座って話をするのか、立ったまま話をするのか。振る舞いとは、自分と自分を取り巻く状況との関係を読み取ったうえで発露する所作を意味する。この日の塚本さんの振る舞いには、「こういう人の言葉なら信じられる」と思わせるだけの力が宿っていた。

※1:以下のブログ記事で塚本さんの著作と言葉について触れている。
http://studio-l-org.blogspot.com/2005/01/blog-post_12.html
http://studio-l-org.blogspot.com/2005/01/blog-post_13.html
http://studio-l-org.blogspot.com/2005/01/blog-post_14.html
http://studio-l-org.blogspot.com/2005/01/blog-post_15.html
http://studio-l-org.blogspot.com/2005/01/blog-post_18.html
http://studio-l-org.blogspot.com/2005/02/blog-post_23.html
http://studio-l-org.blogspot.com/2005/03/blog-post_03.html
http://studio-l-org.blogspot.com/2005/03/blog-post_09.html

※2:菊竹清訓『代謝建築論:か・かた・かたち』彰国社(1970)
※3:久保貞『景観設計への歩み』久保貞教授退官記念事業会(1987)

 

執筆者プロフィール 山崎 亮 (studio-L) ランドスケープデザイナー。studio-L代表。1973年愛知県生まれ。公共空間のデザインに携わるとともに、完成した公共空間を使いこなすためのプログラムデザインやプロジェクトマネジメントに携わる。
 

 
□第10回講演:
ハウス&アトリエ・ワン、ノラ・ハウス/塚本由晴: 建築のビヘイビオロロジー

□日時: 2009年8月22日(土)

□ 塚本由晴 プロフィール:1965年神奈川県生まれ/1987年東京工業大学工学部建築学科卒業/1987〜88年パリ建築大学ベルビル校(U.P.8)/1992年貝島桃代とアトリエ・ワン設立/1994年東京工業大学大学院博士課程修了、博士(工学)/2000年〜現在 同大学大学院准教授/2003、2007年ハーバード大学大学院客員教員/2007、2008年UCLA客員准教授

□ハウス&アトリエ・ワン
所在地:東京都新宿区/主用途:住居+事務所/敷地面積109.03平米/建築面積:59.76平米/延床面積:211.27平米/構造・規模:S造+RC造・地下1階、地上3階
□ノラ・ハウス
所在地:宮城県仙台市/主用途:専用住宅/敷地面積231.69平米/建築面積:39.27平米/延床面積:137.88平米/構造・規模:木造・地上2階