建築の跳躍力 第11回講演:
「ハンカイ」ハウス・澄心寺庫裏コンペ案/宮本佳明: 残るもの、残らないもの/残すもの、残さないもの
 
連続するものとして  執筆者: 垣内光司 ( 八百光設計部 )

‘97年から始まったアーキフォーラムも12年目を迎えた。シーズンごとにコーディネーターが変わる中、最多講演数6回の宮本佳明氏が今回、改修と増築、2つのプロジェクトについて語った。

「ハンカイ」ハウス/残すもの、残さないもの
阪神淡路大震災により全壊判定を受けた宮本氏自身のアトリエを、大胆な耐震改修によって蘇らせた「ゼンカイ」ハウスの記事を見たクライアントが、氏に連絡してきたことからはじまる、築100年を越す二段入母屋が印象的な古民家の耐震改修プロジェクトである。崩れかけていた古民家の現況・実測調査、数百年ものあいだ増改築を繰り返し、生きながらえてきた家を残していきたいと言うクライアントの心情を汲み取り、編集し、ひとつの改修案が提示された。損傷の激しい門長屋と下屋部分を撤去し、比較的損傷の少ない母屋を残す。その周りに新たな補強帯(個室郡)でコの字型に囲い込み、真ん中の既存母屋をホールとして使用するという案である。この時点では耐震性能上不利となる重たい二段入母屋の瓦屋根(土屋根)が撤去され、補強帯から伸びる軽やかな屋根(重量としても軽い木造の屋根)が架けられる。母屋の屋根と床(水平面)を構造用合板で固めて水平力を補強帯へと伝え、耐震性の向上を図るというものだ。しかし、屋根架け替えに要するコストの問題や、愛着のある屋根を残したいというクライアントの強い希望により、最終案では屋根を含めた母屋はそのまま残され、コの字の補強帯は、田の字型プランの四つ間取りで廊下が無かった母屋へアプローチする、動線(スロープ・階段・廊下)そのものとなった。このような改修プロジェクトでは、残すもの、残さないものの選別や判断そのものがデザインを意味する。補強帯を移動することで、解体により初めて顔を出した竹小舞いの壁や二段入母屋の瓦屋根を初めての距離・角度で体感でき、過去と現在を往復する時間装置としての効果が「ここに確かに住み続けている。」という安心感をもたらせてくれる。安全性の向上は確保しながらも、それとは別に心情・記憶・風景・地勢などが汲み取られ、テクニカルな安全性だけでは獲得できない、「安心感」という心情がこの「ハンカイ」ハウスでは、大胆にデザインされている。

澄心寺・庫裏コンペ案/残るもの、残らないもの
長野県にある澄心寺(ちゅうしんじ)というお寺の境内に、住職の住居とコモンを併せ持つ庫裏を増築する現在進行中プロジェクトである。氏はお寺の履歴を観察することで、大屋根の形態は変わらないが、その下の内部空間はその時代によって更新されていることに着目し、屋根を変わらないもの、その下の空間は変わっていくものと位置付け、個人や檀家衆はもとより、地域の象徴、記憶の器、風景として、変わらない(100年以上継続する)コンクリートの大屋根と、その下で状況に応じて変わっていく木造の住居とコモンを提案している(積雪荷重をコンクリートの大屋根が引き受けることでその下の空間は物理的にも更新しやすい)。特筆すべきはその屋根形状である。非対称の切妻屋根で長面側の真ん中を大きく湾曲させ、シェル効果によって強度を高めつつ、落雪をコントロールするという。妻入り、平入りならぬ、人を斜めから招き入れる「てり入り」とし、ランドスケープや動線を読み、260tのコンクリートによって土木的に造られた大屋根は地形のようでもある(現に隣接する客殿を舞台とし、屋根を観客席として使う計画もあるようだ)。氏は度々、土木と建築の関係や境界について語る。氏のいう土木とは、大きい高架や道路などではなく、建築の周辺にある土木をさす。建築は直接、地面に接することはできない。建築と地面の間に介在するもの(基礎的なるもの)を土木と言えるのではないか。建築と地面(自然)の間合いの取り方に興味があるという。このプロジェクトでもその土木的なるものが建ち上がりコンクリートの大屋根に繋がったイメージだと語る。なるほど、福田康夫元首相が推奨した200年住宅にリアリティはないが、土木的なる200年基礎にならリアリティはあるのではないか。土木的なるものに寄り添うかたちで軽快な建築が更新されていく。この澄心寺・庫裏コンペ案でも記憶、風景、象徴として残る土木的なコンクリートの大屋根と、残らない更新しやすい建築(現に大屋根の下にはハウスメーカーの家が建っても良いと語っている。)というふたつの時間軸が同時にデザインされている。

宮本佳明氏の大胆な造形には、いつもながら驚かされる。何故か。おそらく一般的思考上で容易に了解しうる合理性を大きく逸脱しているからではないか。逸脱するその大胆さとは一体何なのか、その源はどこから導かれているのか。容易に了解できないものを「作家性」という言葉だけで表現するのは、想像力が乏しいし、それでは建築家という職能があまりにも切なすぎる。氏のプロジェクト説明からは、昨今の作家性を補強するような抽象的・詩的な言葉や表現は一語たりとも聞こえてはこない。ましてや新しいプロセスで今までにない空間や建築を目指すとか、建築はこうあるべきなどという到達点を示すこともない。ただ、その場にまつわる記憶や地勢・風景といった重層する履歴を正確に読み解き、造形へとシフトさせ、それを支える構造技術などが明快な言葉で淡々と語られる。それらの説明は、逸脱どころか合理性に富んでおり、つい納得してしまう。重層する履歴を編集することによって導かれたその造形には、大胆さと同時に初めからそこにあったかのような一種のノスタルジーを筆者は感じてしまう。それが、氏の言う「そこに生えたような建築」ということに繋がるのかもしれない。ある抽象性をもって新たな到達点を示すのではなく、重層された履歴や風景を読み解き、そこに介在する。古いものでも新しいものでもなく、その場の履歴や風景に連続するものとして、氏の建築はあるのではないだろうか。新たなプロセスや抽象性が注目を浴びる程、氏の建築は浮かび上がり、その鋭さを増すのである。

 

執筆者プロフィール 垣内光司 ( 八百光設計部 ) 建築家、八百光設計部代表/ 1976年京都市生まれ / 1999年大阪芸術大学芸術学部建築学科卒業/ 1999-2001年阿久津友嗣事務所/ 2002年実家の青果店八百光に設計部を設立/ 2008年一級建築士事務所八百光設計部に改称
 

 
□第11回講演:
「ハンカイ」ハウス・澄心寺庫裏コンペ案/宮本佳明 :残るもの、残らないもの/残すもの、残さないもの

□日時: 2009年9月26日(土)

□ 宮本佳明 プロフィール:1961年兵庫県宝塚市生まれ/1984年東京大学工学部建築学科卒業/1987年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了/1988年アトリエ第5建築界設立/2002年株式会社宮本佳明建築設計事務所に改組/現在 大阪市立大学大学院教授, 東京理科大学,大阪大学非常勤講師

□「ハンカイ」ハウス
所在地:兵庫県明石市/主用途:専用住宅/敷地面積:850.18平米/建築面積:111.72(既存167.3)平米/延床面積:193.47(245.3)平米/構造・規模:木造・地上2階
□澄心寺庫裏コンペ案
所在地:長野県上伊那郡箕輪町大字三日町289番地 澄心寺敷地内/主用途:庫裏/延床面積:212.68平米/http://kokorosumu.web.fc2.com/compe_new_index.html